名古屋大学読書サークル

サークルメンバーがゆるりと記事を書くスペースです

新しい本に出会える本

こんにちは。

 もうかれこれひと月ほど経ってしまいましたが、新入生の皆さん、御入学おめでとうございます!


 新入生に限らず、進級や就職を機に活動形態・場所が変わった方など、4月から身を置く環境が大きく変化した方が、読んでくださっている方の中にもたくさんいらっしゃるのではないかと思います。

 また、環境の変化をきっかけとして、何か新しいものに触れたり、これまでにはない挑戦をしてみよう、と考えている方も、きっといらっしゃるのではないでしょうか。

 例えば、これまで全く関心の無かった作者やジャンルの本に手を出してみたい、とか。

 ということで、ちょっと展開が強引ですが、今回は未知の本との出会いをサポートしてくれる本、いわゆる「読書案内」本をいくつか取り上げたいと思います。

 

 

有栖川有栖「ミステリ国の人々」

 

 タイトルずばりそのまま、推理小説の、それも登場人物に焦点を当て、その人物を通じて作品や作者についても紹介するという形式のエッセイ集です。

 紹介される人物は全部で52人。シャーロックホームズや金田一耕助をはじめとする有名どころの探偵から、江戸川乱歩作品に登場する名探偵明智小五郎...ではなくその奥方で、登場作品も非常に少ない明智文代など、主役ではないけれど物語に彩りを与える登場人物にまで、丁寧にスポットライトが当たっています。

 著者である有栖川有栖氏自身も犯罪心理学者が謎を解く「火村英生シリーズ」などで有名な現役ミステリ作家であり、また幼少期からの熱心な推理小説愛読者であるため、作り手と読者、両方の視点からの魅力が存分に語られている点も魅力的です。

 また、推理ものというとやはり心配なのは作品の核ともいうべきトリックのネタバレですが、大事なところだけうまくぼかす、どうしても触れる場合は事前に警告を置くなど、念入りな配慮がなされています。

 同著者は他にも密室トリック作品だけを対象とした「有栖川有栖の密室大図鑑」や、他作品に向け書いたあとがきをまとめた「論理仕掛けの奇談」など、様々な案内本を出しています。特に「密室大図鑑」はひと密室ごとに室内状況が整理された詳細かつおしゃれなイラストがついているため、推理小説に初挑戦したいという方はもちろん、空間把握が苦手で密室ものが上手く楽しめなかった、という既読者の方にもおすすめです。

 

村上春樹「若い読者のための短編小説案内」

 

 先日6年ぶりの長編を出版し話題を呼んだ村上春樹による読書案内本です。

 扱われている作品は、戦後日本の代表的作家、文学史の中では「第三の新人」と呼ばれる人々によるものに限定されています。

 元々は著者がアメリカの大学院にて文学の授業を任された際、学生と共に読んで討論に使用したテキストであり、本書はそれをさらにに自己流に読み直して文章化したという形式となっています。

 故に作品の魅力をピックアップして読者に伝える、というよりかは、著者自身が各作品をどのように読みこなし、解釈したかを詳細に説明することに重点が置かれています。

 外国の、しかも大学院での授業がベースとなっていると聞くと、なんとなく難しく、手を出しづらいように思えてしまいますが、各話解説の理解に必要な創作の背景やあらすじが丁寧にまとめられている上に、議論が作中における作者の「自我表現」という一貫した軸に沿って進み、必要に応じて図解がなされるなど、作品を読んで議論や解釈をした経験があまりなくても置いてきぼりにされない工夫が各所でなされています。

 また、前書きや文中にて、著者自身が各作品に触れた経緯や自身の創作に与えた影響などが折に触れ紹介されているため、村上春樹の書いた作品をより味わうためのブックガイドとしても楽しむことが出来ます。

 さらに、この読書案内の編集者による、各作家の年表に、エッセイなどにおけるその時点の自身についての記述の引用を付した、非常に読みごたえがある作者紹介が附録としてついてくることも魅力の一つです。

 附録中ではありがたいことに、どの出版社のどのタイトルに収録されているか、オンライン上ではどのサイトから読めるかなど、取り上げられた作品へのアクセス方法まで明記されており、読みたいと思ってからかかる手間がかなり省かれてます。

 いずれも短編且つ、図書館に置かれた全集で読める作品ばかりなので、時間やお金をあまりかけずに新しいジャンルの本にチャレンジしてみたい、という方におすすめです。

 

寺山修司「ポケットに名言を」

 

 歌人であり劇作家の寺山修司が、古今東西の小説、映画、果ては歌謡曲まで、様々な媒体から集めた「名言」が並ぶ名言集です。

 先述の2冊のように読書案内を目的に作られた本ではないため、発言者と作品は併記されているものの、作中においてどんな文脈で発せられたのか、そもそも誰が発したのかなどの情報は一切ありません。また、場合によっては発言者のみが記載され、どのような経緯で世に出たのかすらわからないものもあります。

 しかし、だからこそ、気に入った表現一つが作中のどこかにあるはずだという、本当に最低限の情報だけ持った状態で、作品と出会うことができるのです。

 単体だと響いたけれど、作中で読むととそう感じられなかったり、反対に作中における背景を知ることで、違う見方ができるようになったり。

 前情報が少ない分、気に入った本に出会えるかのギャンブル性は高めですが、時間を惜しまずとにかく未知の本を読むきっかけが欲しい、という方にはおすすめです。

 

 

 以上、3冊を取り上げました。

 人に尋ねる、ネットで調べる、書店をうろつくなど、様々な本との出会い方がある今、「本を読んで本を探す」というのは少し回りくどい道に思われるかもしれませんが、手間がかかる分、「これだ!」と思える一冊に出会えた時の嬉しさはひとしおであるように感じます。

興味を持って下さった方は、ぜひ挑戦してみてください。

 

文責:黒谷