名古屋大学読書サークル

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本当にあった夏の怖〜い話

ある夏の日のことです。というか、昨日です。

 

友人と中華料理屋を梯子しまくって餃子を無限に食べるために家を出た私は、誰もいない道を炎天下の中徒歩で駅へ向かっていました。すると、少し先で黄色い帽子を被った男がこちらを見ていました。

 

嫌だな、嫌だな、と思いつつも、「他に誰もいない以上、彼は私に道を聞くつもりなのだろう」そう思った私は身構えていました。身構えておかないと緊張して吃るからです。

「あのすみません」彼は言いました。

「ハイ、なんでしょう」私は20代の青年らしく、朗らかで爽やかな雰囲気を醸し出しつつ答えました。ーーこういう小さい積み重ねが、酒場で「最近の若いモンは」と意味のない愚痴を言う酔っ払いを減らすのです。わかりましたか?ーーそして思うのです。「あいつは俺に道を聞くんだろうが、俺はこう答えてやる『私は方向音痴なので全然わからないです、すみません』」と。

 

しかし彼は地図ではなくスポーツ新聞を取り出し、CBCラジオの広告を指差してこう言ったのです。

「あのー、この(パンサーの)向井っちゅう男はこの(写真の)中の誰ですか?」

「……このやたら笑顔が素敵な男ですよ(?????????)」

マジで意味がわかりませんでした。道に立つなら道を聞けよ道を。このクソ暑いのに、直射日光下で新聞の広告欄に書いてある人物と顔を一致させたいだけの人が外歩いているわけないでしょ、いないよな? じゃあお前はアレなのか、今話題の新興宗教勧誘的なのか? 随分突飛な勧誘だな?? 最近はニュースのせいで新興宗教に対する風当たりが強いから正攻法では難しいのかもしれないね、それは大変ですね。うんうん。それともナンセンス小説から飛び出してきた超虚構的存在だったりするのかな? そうであってほしい。私は心からそう思いました。生きている人間が不条理な行動をするのが一番怖いから。そういう類の不条理さは創作物の中だけで十分です。

 

しかし私の意とは裏腹に彼の話は続きました。

「じゃあこの小峠っちゅう奴は誰ですか」

「小峠はこのハゲです」

しかし、私が指差したバイきんぐ小峠英二の頭部には鉛筆で黒々とした髪が描かれていました。言うなればそれは「フサフサ」だったのです。

今思えばここは指摘して笑いを取るべきだったのかもしれません。しかし当時の私にはそんな余裕はありませんでした。絶句というやつです。人生において絶句することがあると思ってもいませんでしたし、ましてやこんな場面で絶句することになるとは思いもよらないことです。俺のファースト絶句を返してくれ。

「ありがとうございます。ラジオだと顔がわからないものですから」

そう言うと彼は去っていきました。

「本当に、ただそれだけなんだ......」

 

その後電車に揺られながら私は思いました。

「ああいう無害だけど意味のわからない人間が近くに住んでるのが一番怖い」

 

おしまい

 

書いたひと:榊原