名古屋大学読書サークル

サークルメンバーがゆるりと記事を書くスペースです

作家紹介とおすすめ:中村文則

お久しぶりの更新になりますイシです。

今回は自分の推し作家、中村文則さん(以下敬称略)の作品について僭越ながら紹介させていただこうと思います。自分の好きな作品を推しポイントを交えながら書いていきます。少しだけネタバレ(というか概要バレ)はしてしまうので、先入観なくまっさらな状態で楽しみたい方は読んでもらってからこちらの記事に戻ってきてもらえると嬉しいです。また、僕は文学には素人なので解釈等は間違ってたらごめんなさい。

前置きはこれくらいにしてさっそく紹介に移っていきましょう!

プロローグ

僕が彼の作品に出会ったのは大学受験勉強の最中、高校3年生の頃でした。家から高校まで距離があり、予備校も高校とは反対方向の離れた場所だったので、僕の高校生活は家で過ごすことが多かったです。(まあ、そこまで社交的な性格でもないので)。別に活字中毒ではないので、元々はライトノベルとかも読んでいたのですが、だんだん根っからの理系が邪魔をしてファンタジーから距離を置くようになり、人間関係を描いた、特に青春小説を読むことが増えました。憧れもあったんでしょうね。ただ、歳をとるにつれて、主人公の年齢を越えるようになって、むなしさが浮き彫りになりほかのジャンルも読むようになりました。そんなときに出会ったのが彼の作品「何もかも憂鬱な夜に」です。それまで味わったことのない感覚に陥り、その頃から得体の知れない中毒性で、徐々に虫に取り憑かれるようになり、月を見上げるようになったのです。それから定期的に彼の作品を読み、今に至ります。ズットヨンデイテハコワレテシマウ。

 

作家プロフィール

詳細については外部サイトの方がよくまとまっているのでそちらを参照してもらえるといいかなと思います。

中村文則 - Wikipedia

愛知県東海市出身で地元愛知県の作家さんです。純文学がメインで、「土の中の子供」では芥川賞を受賞しています。

小説家 中村文則公式サイト -プロフィール-

作品観

太宰治ドストエフスキーカミュカフカなどの影響を受けていて、私小説の不条理文学といったジャンルになるのかなと思います。彼の小説は短編、中編、長編で趣向が違っていると感じられます。短編ではどこまでも人間味の強い、特に恵まれない境遇の人を扱った私小説という感じがします。中編と長編では”絶対悪”といえる人物が存在し、その人物の気分次第で主人公の人生が決まるような不条理さをはらんだ作品が多いです。また、長編ではそれに加えて、宗教というもの、またその拡張的概念(ナショナリティなど)を主題に扱うことが多い気がします。

そして中村作品初めての方は中編小説から入ることをおすすめします。短編は設定の説明が短く、読解力の乏しい僕からすると状況把握、感情把握に苦戦します。短いから簡単に読めるんだろうなーは罠です。

また―何作か読んだことのある方はわかると思いますが―基本的にHappy Endになることはないです。かといって、カフカの「変身」におけるグレゴールの最期のように完全なBad Endとも言い難いです。個人的には、主人公の境遇が作品開始時よりはましになったという意味でBetter Endと名付けたいです。一概にそうとも言い切れませんが。

 

作品紹介

ここからようやく作品の紹介に移っていきたいと思います。

中村文則のデビュー作です。ある日動かなくなった男の傍らに落ちていた銃を拾った主人公のお話。主題は凶器(狂気または狂喜)の携帯かと思います。境遇的に”銃を拾う”なんてこと日常にはないので、主人公の心理の把握が(僕は)うまくいかなかったですが、読みやすい作品かなと思います。単行本に収録されていた、短編小説「火」とともに、中村作品の原点となる一作であると感じられました。

 

遮光

この作品は2作目で、1作目と同様に狂気の携帯が主軸となっています。ただ、この作品は前作と違い、内面の犯罪衝動的狂気ではなく、狂気的な愛着が描かれています。「銃」と比較すると共感性は高いのかなと感じます。

どちらの作品も人間誰しも内在的に持ち合わせている(と少なくとも僕は感じている)狂気を物理的に実体化したような作品です。

 

何もかも憂鬱な夜に

先述もしましたが、この作品は僕が中村作品に触れるきっかけとなった1作です。読みやすく中村文則っぽさも強く、最初に読むにはおすすめの作品です。

これは看守と若い死刑囚の話です。生と死、善と悪。その境界線にいるような作品で、読んでいて考えさせられました。タイトルどおり、終始憂鬱さが晴れないストーリーなのですが(というより、憂鬱さの晴れる作品などないと思っていますが)、それがまたほっこりとした小説とは違う良さを生み出していて価値のある作品だなと感じました。

 

掏摸

この作品は中村文則の代表作といえるのではないでしょうか。この作品も最初の1作としておすすめです。読みやすくて彼の個性が出ていて、そして、中村作品のテンプレートみたいな構成をしています。

作中に登場する”城”など、理解するのが難しい概念的存在が登場する作品でもあり、読書会などで議論するのにも向いている一面もあります。過去に当サークルで課題本として扱わせてもらったときは、参加者から好評な作品でした。

掏摸師という共感できない存在に対して、”絶対悪”が対峙することで肩を持ちたくなり、次第に感覚移入していくというつくりです。悪を許せるかどうかというよりも、悪を通すことで人間というものを見るといった感覚でした。

 

王国

この作品は先ほど紹介した「掏摸」の姉妹編となります。姉妹編ですが、「王国」だけ読んでも物語を理解できるようにはなっています。ただ、僕は両方を読むことをおすすめします。さらに言うと、どちらかを再読することをおすすめします。個人的には「掏摸」→「王国」→「掏摸」ですかね。(僕もこの順で読みました)。というのも、「掏摸」の中の何気ない1文が「王国」を読んでいると理解でき、「王国」の中の1場面、1セリフは「掏摸」を読んでいないと理解できないようになっているからです。また、時系列的に「掏摸」→「王国」であり、「掏摸」のラストのその後が「王国」にて描かれています。

また、この作品は構成的にも「掏摸」と対をなしており、”城”のかわりに”月”が登場します。おそらく月はLunatic(狂気的な)の隠喩で、ほかの小説でも登場します。

 

悪意の手記

この作品も生と死、善と悪についての物語です。悪と言っても「掏摸」や「王国」のような絶対悪ではなく、個人としての悪というイメージです。死を覚悟しつつも生きることになった人間の、悪を犯しても普通に生きていく物語で、生きたいと願っても不条理さの故に命を狙われるほかの作品とは異なり、生きたいとすら思えなくなった人間の命の成り行きを見る作品となっています。

 

土の中の子供

この作品は芥川賞受賞作になります。タイトル通りに過去に土の中に埋められる虐待を受けた主人公が、トラウマを抱え、生きる意味を見つけられないまま大人になり、理不尽にさらされながらも生きていく話です。「何もかも憂鬱な夜に」と同じように、とことん暗い小説なのですが、中村作品の中では比較的よい結末をしていて、個人的には好きな作品です。

また、単行本の中には「蜘蛛の声」という「土の中の子供」とは対極をなすような作品が収録されており、比較しながら読むとさらに面白いと思います。

 

私の消滅

この作品は中村作品の中では一風変わった作品なのかもしれません。エッセンス的には彼の要素があるのですが、悪への対し方が違うのです。簡単に言うとこの物語は復讐の物語です。つまり、倒せない”絶対悪”が存在しないのです。(厳密には”絶対悪”的存在は登場します)。そして、その復讐の方法も斬新で個人的にはこれ以上の復讐方法を思いつけません。

ただ、この小説の難点は設定理解にとても時間がかかることです。僕は175ページ中100ページ付近でようやく設定を飲み込めました。(僕の理解力不足かもしれませんが)。

面白い作品ですが序盤をちゃんと理解した上で楽しむには再読が必須な作品ですね。

 

自由思考

ここまで短編、中編小説について紹介してきました。ここでいったんブレークとして、エッセイを紹介したいと思います。この本は彼の生い立ちみたいな部分や、趣味嗜好など、なぜ中村作品ができあがったのかという作者の価値観が垣間見える1冊です。1遍がとても短く、また、堅苦しくもない作品ですので、気軽に読むにはもってこいなのかなと思っています。

対となる本として「自由対談」がありますが、こちらはまだ読めてないので紹介は控えさせてもらいます。

 

教壇X

さて、長編部門に突入します。1作目は「教壇X」。タイトルから察することができるように宗教がモチーフとなった作品です。中村作品によく登場する宗教ですが、書き方として、”絶対悪”的トップの下で洗脳されている人間が描かれがちです。この作品も宗教に翻弄された人間が描かれており、宗教というものの力強さ、歪さなどが啓蒙されている作品であるといえると思います。

また、作中で”人々は原子レベルで捉えれば平等になる”という内容は共感させられました。

 

R帝国

この本は僕が中村文則の中で最も推している作品です。この本も宗教が登場するのですが、それ以上に宗教性を帯びているのは”ナショナリティ”という名前の宗教です。簡単に言うと日本国民という集団とそこにある不文律という戒律によって宗教になっているという考え方です。特に太平洋戦争中の日本がわかりやすいでしょうか。また、一部の声の大きい(よく発言する)信者をつくることで、思考せずの盲従する多数は先導され、思考するものでさえ数という暴力にひるんで従うことを保身的利点から選択するようになると示唆されていました。また、移民等の受け入れによって自分たちマジョリティ集団よりも下位層ができ、彼らの不満のはけ口になり、矛先が宗教集団のトップに向かなくなる。別のたとえで言うといじめと同例ですね。さらに、宗教体制が確立した後には真実を告げられたとしても、自分のナショナリティによるプライオリティを傷つけると判断すれば、事実などどうでもよく反発するとも表現されていました。

その一環として、作中の表現で「人間が欲しいのは、真実ではなく半径5メートルの幸福なのだ。」*1と述べられています。

地球上では、画面の向こうではウクライナ侵攻が報道されているのに、こうしてのうのうと記事を書いていられるのも、自分の半径5メートルの中にウクライナ侵攻という事実がないからだと思い知らされます。

 

そして、この物語の最後のセリフ。これはずっと頭の中を反芻します。

 

逃亡者

「一週間後、君が生きている確立は4%だ」*2

印象的な帯分に魅せられて買ってしまった1作。この本も宗教や戦争の話でした。「R帝国」では示唆で終わらせていた、戦時中の日本の宗教性について言及したり、隠れキリシタン弾圧の歴史などについても語られていました。また、「R帝国」では架空の国との架空の戦争(と言うよりも設定時代が未来)を扱っていましたが、本書では実際の太平洋戦争をベースにして話が展開されている場面もありました。今起こっている不条理な現状と過去の不条理な歴史を織り交ぜた1作で、2本立ての作品を読んでいるかのような心地でした。

珍しく心地よい着地点に止まるのか?と思ったらちゃんと不条理文学でしたね。

ただ、中村作品の中では比較的、読了感が悪くない(完全な不条理を含むのだけどそれでも救われている部分がちゃんとある)物語でした。

 

以降追記で書いています。

カード師

占い師の顔を持ちつつも、違法賭博場でいかさまのディーラーをしていた主人公。彼に頼まれた仕事はある男の占いだった。占いを信じない主人公が占いを道具に窮地を脱していく1作です。彼に逃げ場はない。必然、巻き込まれた全財産を賭したテキサス・ホールデムズのシーンは釘付けになりました。神と悪魔と、運命と現実と。中村文則らしい1作でした。

ちなみに作中で「教団X」に登場した人物が出てきていたらしいのですが、僕の記憶が遠く、思い出せませんでした。わかった方はぜひ教えてもらえると嬉しいです。

これは短編に属するのでしょうか。(ページ数的には中編ですかね)。抽象的な部分が多く、少し読みにくいと思います。というのも、あらすじを書きたいのですが、それが物語を読む楽しみを奪ってしまいそうで書きづらいです。中村小説らしい1作となっているのでぜひお試しください。

 

エピローグ

ここまでいろいろな本を紹介してきました。まだまだ読んでいない本もたくさんあるので少しずつ読んでいきたいと思います。(と悠長に言っていると読むペースよりも刊行のペースのが早くなってしまうんですよね)。中村文則は鬱々とした作品が多く、そうでないものは思想的作品に大別されるので、過剰摂取はおすすめしません。ただ、人生に絶望したときや疲れたときだったりに、”自分はまだ大丈夫だ”と思わせてくれるような作品はたくさんありますので、適薬適量、気分に合わせて時々読むくらいがちょうどいいのかなと個人的には思っています。

 

最後までお付き合いありがとうございました。それではまた次のブログでお会いしましょう。

文責:イシ

(10/29 追記)

(12/7 追記)

*1:「R帝国」p352

*2:「逃亡者」p14